雲の墓標 (新潮文庫)

雲の墓標 (新潮文庫)

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新潮社
価格: ¥460

雲の墓標 (新潮文庫)のレビュー

エモーショナルなだけではない、
京都の大学で「万葉集」を研究していたグループの1人である吉野次郎が留めた日記形式で物語は進んでいきます。軍隊というところでの生活、陸軍と海軍の違いと、また同じようなところ、そして戦局の変化に伴い、また軍隊生活に慣れていくにしたがって徐々に変わってくる精神的変化が、とても瑞々しく描かれています。


万葉集に心惹かれていた青年たちが、自分のこと、そして友人家族、また国に対する考えがうつろいで行く様が克明に記されていて、もちろんフィクショナルな小説なのですが、様々な描写や事実の積み重ねによって非常にリアルに感じさせられます。その辺の冷静さと低い視点はこの方の上手さだと思いますし、作家として重要なものであると思います。


同じゼミに出ていた4名の、それぞれの心の揺れ、そのうつろぎの振り幅の大きさや方向に違いはあっても、そのどれもが重く、そしてリアルです。人が日記という(あるいは手紙でも)文章にしたためるに至った現実の時間との差を、書くことで分かる客観性を伺えてまた良いです。様々な訓練の果てにある『特攻』という自死をもって完遂することの意味について深く考えることや、それから逃げること、そして別の手段を見つけるものまで違った結果をそれぞれが選択や強制をされていくのですが、その過程が細かく日常に混じって表されることで、説得力が高く素晴らしかったです。

『特攻』という非常に厳しい現実を受け入れる部分と、何とか逃れようとする部分の対比も、また鮮明でとても考えさせられました。当たり前ですが、行為とその結果との乖離が、私は個人的には重く、そして簡単に良かっただの、仕方なかっただの、意味が無かっただの、立派だの何だのとは言えないと思います。残念ながら『特攻』が行われたことによって日本が戦争に勝つことは無かったわけですし、『特攻』に全員が志願したわけではないと思います。しかし悲痛な覚悟を持って訓練をし、その自死の中に意味を見出そうとしていたのが、比較的合理的な海軍であったことは、また妙に意味深く感じられます。個人的にはなんとか他に方法が無かったのか?ということですが。もちろん今そういうことは簡単すぎるし何も分かってないのでしょうけれど。


およそ軍隊生活が最初から好きな方はいないと思いますが、しかし経験したことでその濃密な時間を過ごされ、良い意味でも悪い意味でも実経験をされた阿川さんの筆による悲痛な小説です。
大人も忘れかけている真実
先日のサミットでは各国の首脳が集まり、核縮小に関して合意をしたようだが、戦争の犠牲について想像だけでなく真実に基づき考えることができる首脳はどれくらいいるのだろうか。本書を読み、小生も初めて戦争の歴史を深く振り返った気がします。物資が豊富な現代の世の中では考えられない生活が日常であり、何をするときもこれが最後であろうと考えながら生きる儚さは言葉になりません。自分よりも若い青年が国家や軍隊の方針に疑念を抱きながらも立派に人生を全うした事実が戦争にはあり、決して許されるべきではないと感じました。唯一の被爆国として歴史的な事実の上辺だけを伝えるのではなく当時の犠牲者の生きざまを通じた命についても訴えていってほしいと思いました。
絶妙のタイトル
 爆撃機のパイロットとして、戦争とは別に、我々が旅客機で見ているような雲とは別に、様々な雲を見ただろう。
 私は飛行機に乗ると、可能な限り、窓側に行って、雲の動きを見ている。
 積乱雲もあれば、霞のような雲もある。夕日や朝日で刻々と色を変える雲を見ているのは、自然の営みの象徴のように思える。
 これから爆弾を投下しようとか、味方の援護をしようとした日本人パイロットは、灼熱の赤道付近で様々な雲を見ていたのであろう。

 そういう中で、これから「殺人」をするなどということは考えなかったのではなかろうか。むしろ、「あの雲が最後に見る雲なのかもしれない」という不安感の中でコックピットにいたのではなかろうか?

 そういう航空兵の心情を余すところなく描いた名作であろう。
我が心の一冊
この本は、主人公の日記という形式で話が進む。
主人公は入隊して幾月かは、戦争の理不尽さ軍隊の理不尽さに激しい嫌悪感を抱く。そして死への恐怖も。
はかの人物との手紙のやり取りや、心のふれあいなども克明に綴られている。
日を追うごとに、当初抱いていた嫌悪感はしだいに主人公からうすれていく。

そして特攻隊員となった主人公には死への恐怖はまったくなかった―。
克明に綴られる一青年が戦争という波に犯されていく様。戦争がいかに愚かな行為であるを感じずにはおられない。一級戦争文学といっても過言ではないと思う。